こんなことがあったのかもしれないし、なかったかもしれない。

 ふぬぬぅ、と可愛く腕を組みながら、少女は街を歩いていた。
 ぶかぶかの外套にすっぽりと隠されているが、特徴的な金銀妖瞳はくっつかんとばかりにしかめられ、眉根に深い皺を刻んでいる。

「まだ悩んでるの?」

 傍らの少年が足を止め、その相貌を覗き込むように体を小さく折りたたむ。

「まだ、とはなんじゃ! 妾とシンユウの初めての共同作業になるのじゃぞ!」

「それはなにかが違うんじゃないかな……」

 しかし、彼女の言いたいこともわかる。冷静を装ってはいるが、自分もそのことで頭がいっぱいだからだ。

『GKを倒すにあたって、まずはコンビ名を考えねばな!』

 前半部分は聞こえなかったことにするにせよ、その提案には心躍るものがある。
 ようやくできた友達との、二人だけのコンビ・ネーム。
 ああでもないこうでもないと頭を捻り、枯渇するほどのアイデアを出し終わっても、二人の胸にすうっと染み込むような名称はついぞ天から舞い降りることはなかった。

候補はあるんじゃがのう……どうにも……」

「まあまあ、もういい時間だし、まずはご飯にしようよ。ずっと使う名前なんだし、焦って決める必要はないよ」

「……ラト、おぬし、『名前が決まらなければGKへの挑戦も後になる』などと思っておらんじゃろうな?」

 ぐ、と胸をつまらせたラトの姿を見て、はぁ、と少女がため息をついた。

「決まらなくとも挑戦はする。しかし、その時に名前がないのは締まらんからのう……ん?」

「どうしたの、ハヌ」

 足を止めたハヌが見つめる先は路地の奥。暗い、とは言わないが、普通は入ろうとは思わないようなその場所を、彼女はじっと見つめている。

「あれ、人がいるね。露店……かな?」

「そうか、そうじゃった」

「え?」

「あれは占者じゃ。うむ! 迷うた時はそれがあったか!」

「ちょ、ちょっと!?」

 ずんずんと進んでいく少女の背中に追いつく頃には、その人影は目の前に。
『相性占い』『パーティ診断』『失せ物』『人生相談』『なんでも視ます』
 もっともらしい言葉に合わせ、それらしい道具が載せられた卓は、確かに占い師のもの以外の何物でもなかった。

「へいらっしゃい。なにか占ってほしいことでも?」

 しかし、卓越しに座っているのはラトと年格好の変わらない少年だ。それらしくローブを被っているものの、とても占いを生業にしているとは思えない。
 これでもかと過剰に搭載されたアクセサリーに、コンタクトレンズを入れるにしてもそれはないだろうと誰もが言ってしまうような、ぺたりとした人工的な色の瞳。
 ――つまり、まとっている『作られた空気』がとてもとても胡散臭いのだ。

「え、あ、あの、その」

「まずはおぬしの実力を見たい。妾とラトの関係を当ててみせよ」

「えっ!? ちょ、ちょっとハヌ!?」

「本当に神託を授かるものであればわかるであろう? さあ!」

 そんなハヌの言葉に、待ってましたとラトを見る占い師。

「あ、あの、すみません! ほらハヌ、行くよ!」

「なにを慌てることがある。もっと堂々としておれ」

 どすん、と椅子に腰を下ろしてしまった彼女と。

『恋愛相談 料金表』

 今時AR表示でもないそれをちょいちょいと指す占い師が同時に目に入り、思わず頭を抱えてしまう。

「恋愛では……ないです……」

「ん、ということは彼氏彼女ではない。とするときょうだ」

 その言葉を聞いた瞬間、ハヌの表情が険しいものへと変わった。

「親戚のお兄ちゃんといと」

 ぐぬぬ、と眉間に皺が寄り。

「お忍びで来ているお姫様とその従」

 さらにつり上がっていくヘテロクロミアが。

「最近仲良くなった友達」

 ぴた、と動きを止め、その後ふにゃぁ、と下がってしまう。

「親友、二人は大親友。視えた間違いないこれしかない」

「正解じゃ! ラト、此奴は信頼できる!」

「えぇー……」

 そんな二人の様子に、苦笑いを隠そうともしない占い師。その指がしっかりと『当て物』の基本料金を指差し、叩いていたのをラトはため息とともに確認した。

「まあ、これで信頼してもらえたとして。本当になにか困りごと?」

「うむ。実はな、妾とラトのコンビ名が決まらんのじゃ。候補はあるのじゃが、どうにもしっくり来ん」

 ばさぁ、と卓にメモ用紙が投げ落とされる。数にして、30枚ほど。

「紙のメモとは珍しい……ああ、エクスプローラーなのね。ほーほー、なるほど……」

「名付けというものは重要じゃからな。言葉は力を持つ。それが何度も呼ばれる『名前』ならなおさらじゃ」

「なるほど。『ラト』と『ハヌ』も、二人だけの大切な呼び名だもんね」

「……ッ!?」

「あれ、その顔。違った?」

「な? ラトよ、此奴は信用できると言ったじゃろう」

 にやにやとラトを見る占い師に、何故か不敵な笑みを返すハヌ。

「で、ええとじゃあ、この中から決めてほしいとか? 姓名判断みたいな?」

「決めずともよい。ただこうして、第三者に見てもらうことも必要かと思っての」

「じゃあまあ失礼して……あ、どうぞどうぞ、座ってお待ち下さい」

「………………」

「おまちください。なんならその辺の水晶とかトランプで遊んでていいから」

 得体の知れない占い師に対する最後の抵抗である、座らないということ。

「……はあ」

 それもついに瓦解し、ラトはハヌの隣へと腰を下ろした。それを確認し、占い師は『姓名判断』の料金表にしっかりとした赤いマルを書き込んでしまう。

「どうかのう、楽しみじゃのう」

 ぱたぱたと卓の上の絵札を物珍しそうに繰りながら、うきうきとした声を上げるハヌ。

「あれ、ハヌって占いが好きなの?」

「妾は神託を授ける側じゃったからな。占のうてもらうなんて珍しくての」

 その言葉に、改めて自分の親友が超常の存在――現人神であることを再確認する。

「いや、授ける側の人が判断できないってどうなの」

「ん? なにか言うたか?」

 思わず漏れたツッコミは、うまい具合に聞かれていなかったらしい。

「んー、とりあえず視てみたんだけど」

 はい、とメモを整えながら、二人に向き直る占い師。

「『紅き紫炎の騎士団』はオマージュがすぎるのではないかと」

「ハヌっ!? ちょっと、あれは冗談だって言ったでしょ!?」

「シンユウの言葉は一言一句聞き漏らさん。書き残さないなどもってのほか!」

「なんで勝ち誇るかな!? ああもう、それは冗談だから忘れてください!」

「あとはこの『白玄菫帝』『蒼天赤竜』あたりにパワーを感じるかな。特に赤竜っていうのがいい。100点をあげたい」

「はあ……」

「パワーだけの話で言うと『むらさきいもパフェ食べたい』も捨てがたいけど。欲望に勝る力なし。と言うか僕も食べたくなってきました」

「なっ……! そ、それも書き留めておったのか!」

「自分のアイデアは全部書いておけって言ったのはハヌでしょ!? それにちょっとおもしろかったし!」

「あれはラトが美味そうなすいーつの話を……じゃないわ! 面白い!? そなた、真剣な妾を見て面白がっておったのじゃな!? ええい、そこになおれ!」

「はいはい落ち着いてー。痴話喧嘩の仲裁は副業になっちゃうからね。ほかに気づいたことと言えば」

 どうどう、と二人を諌めるように、占い師がひらひらとメモを揺らす。

「漢字ばっかりだけど、横文字にするっていう選択肢はなかったの?」

「あ」

 と、ハヌのまぬけな声がする。ラトはというと、声も出せずにぽかんと口を開けるがままだ。

「というか気づいてる? この名前の中の共通項」

 続けられたその言葉に、二人の意識が声の主へと引き戻される。

「あかあおすみれ、つまり、むらさきいも……じゃない、紫色。二人ともの筆跡にバンバン出てくるけど、示し合わせたわけじゃなさそうね」

 そんな言葉に、はっと気づいたように顔を見合わせ。

「だって、ハヌのフォトン・ブラッドの色、本当に綺麗だなと思って」

「妾もじゃ。ラトの藍にも見える深い輝き、真に目を奪われるものがある」

 うんうんうん! と子供のように頷きあう二人。

「そうだよ! だったら二人の色を組み合わせて!」

「皆まで言うな! じゃったら深紫、藍……うむ、そうじゃな」

「ハヌ?」

「しっくりこない、その理由がやっと妾にもわかった気がするのじゃ。これを見よ」

 取り出すのは二枚の絵札。重ねられた上に見えるのは、クラブのジャック。

「『紅き紫炎の騎士団』これは本当に冗談か? 本当はコンビなどではなく、団、と名乗れるような集まりに入り、騎士として名を上げたいとは思っておらぬか?」

 そんな彼女の問いかけに。

「そんなことない! いや、確かに『NPK』には憧れるけど! 僕には友達が、ハヌがいればそれでいいんだよ!」

 返された叫びにも近い即答が、路地裏の暗い空気を吹き飛ばしていく。

「一言煮えきらんのう。じゃがその心意気! 確かに受け取った! ならば妾ももう迷わぬ!」

 ジャックのカードが押しのけられ、現れたのは。

「我らが目指すのは騎士ではない! それすらも喰らう切り札……」

 型に縛られることのない、Jの名を持つもう一枚のカード――!

ジョーカーじゃ! これより我らは『ブルリッシュ・ヴァイオレット・ジョーカーズ』を名乗る!」

「……いい! それいいよ! 絶対!」

「決まりじゃな!」

「うん!」

 ぱん、と手をたたき合わせた勢いで指を組み、ぶんぶんとお互いの両手を上下させる。

「まあ、意味は他にもあるのじゃが、それはおいおい話すとしてじゃな……ってラト、そろそろ手を離さぬか!」

「決まった……本当に友達ができて、コンビになれたんだ……!」

「……まったくのう」

 興奮ここに極まれり、といった様子のラトに苦笑を返しながらも、ハヌは組まれた指を解こうとはしなかった。

 

 ラトが落ち着きを取り戻すまで、その後たっぷり5分を要し。

「……え?」

 その顔色が蒼白になるまで、かかった時間はわずかに5秒。

「いやだから、基本料金でしょ、最初の当て物に姓名判断が30件超。一件あたりが料金表の値段になってこうこうでこう。何度計算しても間違えてないけど」

「……えええー!!!!」

「こうなってはGKを倒し、こんぽーねんと? 代で賄うしかないのう」

 くふ、と怪しく微笑む親友を見て。

「もしかして最初からそのつもりだった!? そのつもりだったよね!?」

「いやいや、妾もこんなに高価なものだとは。やはり名のある占者は違うのう」

「絶対嘘だー!」

 そう叫ぶしかないラトでありましたとさ。

 

 リネームド・ボランティア ~名付けは業務の外なのですが~ おしまい。

リワールド・フロンティア

国広仙戯著。TOブックス刊。

 剣と魔法・冒険者と竜な異世界において少年が少女と出会い、ダンジョンを攻略しながら成長していくよくあるおはなし……

 と思っていたらだいぶSF寄りでした。おのれたばかったな(たばかってません
最近のよくある話は転移・転生系ですしね。このお話はそうではありません。

 というわけで、王道ファンタジーであり、王道ボーイ・ミーツ・ガールであることは間違いがないのですが、専門用語などはわりと現代寄り。
前述の通り剣と魔法の世界ですが、同時に演算と物理の世界でもあるという、あまり類を見ない形です。

 今回は第一巻であり、デビュー作でもあるということで、お話は世界観の紹介と、主人公と少女が出会い、絆を深めるきっかけを得るところまでとなります。

 主要人物はこの二人。

・ラグディスハルト

 愛称ラト。数人~数十人のパーティを組んでダンジョンを攻略することが常識であるこの世界において、誰にもパーティに誘ってもらえないかわいそうな男の子。
その理由は「冒険者の中ではオワコンとされているバフ使い」だから。
故に彼は今日も一人でダンジョンへと赴くのである。受け。

・ハヌムーン

 愛称ハヌ。ぽっくり下駄にヘテロクロミアあとふんどしがトレードマークののじゃロリ幼女。
その正体は遠い極東の現人神であり、攻撃魔術の腕は超一級。
のじゃロリなので当然のように訳ありのようです。攻め。

 こう書くと「えっなに気弱主人公をひっぱるヒロイン無双系なの?」と思いがちですが、よく考えて頂きたい。
バフ使いがバフを載せる相手を見つけられなかった結果、自分に全載せすればどうなるのかということを……!

 つまるところ、そんなお話です。このあたりが少しギミック的というか、王道の中でも「王道を外す」感じでとても好き。
というか誰だバフ使いがオワコンだとか言っているやつは。東京やシュヴァルツバースなら死ぬぞ……!

 もちろん、前述の通りのボーイ・ミーツ・ガール。ラトくんとハヌさんの出会いからの初々しい関係もてんこ盛り。
まだ恋愛には発展する気配はない……のですが、ぼくは何度か「もう式場が来い」と叫びました。読みながら。

「やたらかっこいい横文字の魔法」「補助系」「重ねがけ」「なんだか大変なことになってしまったぞ……」
このあたりのキーワードに反応するバフ好きの皆さんなら、おそらく大満足するのではないかと思います。

 あえて苦言を呈するならば、ヒロインであるハヌの出自や掘り下げがほとんどなかったこと。
続刊も決まっているからこその構成なのでしょうが、ぼくは! もうちょっと! ハヌのことが! しりたかったんだよ!
……まあ、この「ハヌのことをなにも知らない」ことが終盤のカタルシスに繋がっていくわけなので、文句を言うところでないのですが。

 それでも! ぼくは! ハヌの!(略

 リワールド・フロンティア。おすすめですよ。